第2章:「センスの国ニッポン」を卒業しよう
文・本間英俊(クリエイティブディレクター)
台北の中心地・西門エリア。 2025年初夏、私たち「MINIMUS」は台湾で初となるポップアップを開催しました。
MINIMUS は、実業家のROLAND氏と私が共同で立ち上げたアクティブライフウェアブランドで、クリエイティブアドバイザーにはjunhashimotoの橋本淳さんを迎えて、ソリッドなアイテムを展開するアパレルブランドです。
海外で初となるポップアップは、開店からわずか1時間でフォロワーが列をなし、想定以上の売上を記録。 その現場で感じたのは、デザインでも価格でもなく、仕組み化と情報戦によって動く新しい購買構造でした。

メディアも多数来場してニュースとして取り上げられた
海外展開で成果を出すには、まず“売れる前”の仕組みを整えること。 どれだけ話題になっても、決済・物流・顧客導線が不完全なら水の泡になる。
MINIMUSの台湾ポップアップを通して、私は「海外ビジネスは交渉」であり、
構造を作って初めてマーケティングが機能すると実感しました。
すべての始まりは、現地で動ける”パートナー”を見つけることでした。
台湾では商品販売に5%の付加価値税(VAT)の納付義務があり、外国企業でも年間売上が60万台湾ドル(約300万円)を超えると登録が必要です。
つまり「マーケティングの前に、ビジネス構造を設計できるか」がすべての出発点です。
現地で動ける“パートナー”を見つけるところから始まる
MINIMUSで台湾展開を始めたとき、まず痛感したのは現地パートナーの重要性でした。
どんなにデザインが良くても、どんなにPRが上手くても、現地パートナーなしでは海外ポップアップは成り立ちません。
まず、現地で決済できる会社と組まなければ商売が成立しない。 台湾では商品販売に対して5%の付加価値税(VAT)を納める義務があり(PwC Taiwan)、外国企業でも年間売上が60万台湾ドル(約300万円)を超えると登録が必要です。
当初、日本で使っていたスクエアなどの決済システムを使おうと思っていましたが、案の定、国を超えると日本の決済システムは使えませんでした。
バックアッププランとして現地パートナー企業に台湾主要決済アプリ(LINE Pay、JKO Pay/街口支付)を契約してもらい、販売をその口座経由に切り替えました。
これにより税務・通関・入金処理まで一貫化でき、初回ポップアップはトラブルなく完走。
“決済が通る”というのは、単にお金を受け取るための仕組みではなく──「現地でビジネスを継続できる状態」を整えることだと実感しました。
海外ビジネスは“交渉のデザイン”。スピードの裏に文化がある
海外でのビジネスは、とにかく「交渉」です。

popup夜には、台湾パートナー企業とのビジネスミーティング
価格、納期、在庫、PR、配送──あらゆる要素において、常に“相手との調整”がつきまといます。
台湾の現場では、決断と実行のスピード感が日本とは明らかに違うという実感を持ちました。
ただし、ここで注意すべきなのは「スピード=信頼」ではないということ。
台湾のビジネス文化では、関係構築や調整のプロセスに独自のリズムがあります。
例えば、「台湾のコミュニケーションスタイルは間接的かつ丁寧であり、単純な“はい”が了承を意味するわけではない」という指摘があります(Kathryn Read, 2023)。
さらに、彼らとの付き合いが長くなるとわかりますが、手土産を渡すことがマナーとして深く根付いています。
初対面の取引先には必ず手土産を持参して訪問すると、そこから関係が一気に近づくことも多い。
こうした“心の距離を縮める儀礼”が、台湾ではビジネスの信頼を築く第一歩なのです。
これはどの国でビジネスを行うにしても、事前に商習慣のリサーチをしておいて損はないはずです。
このような文化的背景を理解しないまま「早く決めて進めよう」とだけ考えると、むしろ誤解を招き、関係構築の信頼を損ねることもあります。
だからこそ、現地のパートナーが大切で、海外ビジネスは交渉であり、テンポを合わせつつ、同時に誠実にリスクを共有する姿勢が重要です。
特に、スポットでテストマーケティングとしてポップアップを行う場合でも、できることならその機会を“ブランドが広がるきっかけ”にしておくべきです。
そこで重要なのが、パートナー企業との交渉段階で、お互いのゴールを明確にすること。
今後長期的な関係を築いていきたい意思を伝え、たとえ短期の出展であっても、ミッション・ビジョン・バリュー(MVV)という共通の言語で共有できれば、信頼はより深まります。
契約段階では、少なくとも「売上目標」「利益構造」「撤退ライン」まで取り決めておくことをおすすめします。 MVVの理解度が高ければ高いほど、信頼構築が早まり、結果としてコストもリスクも少なくなります。
KOLは“広告主”ではなく、“現場の翻訳者”
台湾では、SNSのインフルエンサーを KOL(Key Opinion Leader)と呼び、彼らがマーケットを動かします。 ただし、彼らを単なる“宣伝枠”と捉えるのは誤りです。 実際には、KOLはブランドの世界観を文化的に翻訳する現場のパートナーです。
デジタルマーケティング企業 iKala の調査によると、台湾の消費者の75%がKOLの影響を受けて購買を決定していると報告されています。
また、台湾では「少人数フォロワー層+高いエンゲージメント(質)」という構造が特徴的で、KOLは“情報媒体”ではなく“文化の仲介者”として機能しています。
さらに、台湾のKOLの約60%は専業またはプロ事務所所属(iKala, Influencer Marketing Report 2023)。 そのため、KOL自身がディレクターとなり、撮影や編集はスタッフが行う“チーム制作”型も多く見られます。
投稿は“案件”ではなく“作品”として作られる。これが、台湾KOLの強さの一因です。
MINIMUSのポップアップでも、協業したKOLたちは皆、その場で商品を着用し、自分たちの視点でストーリーを構築していました。
「ROLANDが着ているものが、推したい商品なら私もそれを着ましょうか?」 そう言って、こちらの意図を汲み取りながら、自分の言葉で表現してくれる。 まさに“ブランドの翻訳者”としての役割を果たしていました。

KOLはブランドに合う人たちをピックアップ
海外ビジネスはここでも“交渉”です。 KOLに単に依頼するだけでは、高額なギャラを提示されるだけで終わることもあります。 重要なのは、お金以外のインセンティブをどう設計するか。
ギフティング、限定ノベルティ、メディア掲載枠の共有、 あるいはデザイナーやディレクターとのツーショット写真など、 KOLにとって“発信する理由”を一緒に作ることができれば、KOLは単なる契約相手ではなく、ブランドの世界観を表現してくれる翻訳者になります。
台湾市場を“構造”で理解する
台湾はスマートフォン普及率92%(Statista, 2024)を超える超デジタル社会。 InstagramやLINE、YouTubeが生活と密接に結びつき、投稿から購買までの距離が極端に短い。 いわば、オンラインとオフラインが同化した市場です。
Statistaによると、台湾のインフルエンサーマーケティング市場は2025年に約2.6億ドル(約400億円)に達し、年平均成長率は10%超。 特にファッション・コスメ分野ではマイクロKOL(フォロワー5,000〜5万人)**の影響力が大きく、 中小規模ブランドでも十分に勝負できる環境が整っています。
ポップアップが終わってからが“本当の勝負”
今回の台湾・台北でのポップアップでは、初日だけで約250万円の売上を記録しました。 けれど本当の成果は、そのあとにありました。 事前に仕組みを整えていたことで、イベント終了後も継続的に売上をつくることができたのです。
このポップアップは、BtoC向け販売だけでなく、BtoBの商談を想定したお披露目でもありました。 現地パートナー会社を通じて、ショップバイヤーやセレクトショップのオーナーにも来場を呼びかけていました。
その中の一人、台北市内のショップオーナーがMINIMUSを非常に気に入ってくれて、 「ぜひ自分の店舗でも扱いたい」と話を持ちかけてくれました。
結果、ポップアップ終了後もその店舗で約2か月間、MINIMUS商品の継続展開が実現。 BtoCイベントからBtoB取引へと自然に拡張していきました。
また、会場ではLINE公式アカウントでの友だち登録を促し、来場者との接点をその場で確保。 イベント終了後は、台湾国内倉庫から直接発送できる台湾専用ECサイトを立ち上げ、 登録ユーザーへ告知・送客を行いました。 こうした導線設計により、ポップアップ後も購入が継続的に発生しています。
できることなら、その機会を“ブランドが広がるきっかけの仕組みづくり”にすることがポイント*です。短期イベントであっても、次につながる“構造”を意識したい。現在は台湾のガジェットブランド「ZENLET」とのコラボ企画も進行中です。 台湾と日本の両国で、来春の発売を予定しています。
たとえテストマーケティングであっても、
「イベントは一日限り」で終わらせず、どこまでレバレッジをかけられるか。
ポップアップを“販売設計のハブ”として仕組み化することが重要です。
リアルイベントの裏側で、BtoB・BtoC・ECの導線を複層的に設計しておくことで、
ポップアップの“最大化”=ブランドの現地定着が可能になります。
感性を支えるのは、構造だ。
台湾での経験を通して、改めて感じたのは、
ブランドを支えるのは「センス」でも「流行」でもなく、構造だということ。
サプライチェーン、決済、パートナー、顧客導線── それらを設計できて初めて、デザインやストーリーが本当の力を発揮します。 感性を支えるのは構造であり、構造の上に感性が宿る。感性を支える構造とは、言い換えれば“続くための美学”。
MINIMUSの台湾展開は、その両輪が噛み合ったことで成果を出せた一例です。
勢いではなく、再現性。
思いつきではなく、仕組み。
それこそが、スモールブランドが海外で生き残るための唯一の道だと思います。
今日の「それってホンマかいな⁉」まとめ
● 集客よりもCV(コンバージョン)設計が先
● 構造が整わないマーケは「ザルで水をすくう」
● KOLは文化の翻訳者であり、PRではなくローカライズ施策
● 感性を活かすには、それを支えるサプライチェーンが必要
海外ビジネスは交渉であり、 交渉の先にこそ、信頼と構造が生まれます。 その順番を間違えなければ、ブランドはどこの国でも生きていけると思います。
今回は、MINIMUSの台湾ポップアップを事例にお話ししました。 もし、もっと詳しく知りたい・具体的な仕組み設計を学びたいという方は、 ぜひ下記のLINEからお気軽にご質問ください。
▼LINE登録はこちら▼
https://lin.ee/LcDNmhM
--------------------------
◇筆者プロフィール
本間英俊(ほんま・ひでとし)
クリエイティブディレクター。

国内外のブランド立ち上げや再生を手掛け、感性と経営を統合する独自のブランディングを実践。元「junhashimoto」アートディレクター、現「MINIMUS」をROLAND氏とともに共同設立。アパレル業界にとどまらず、地方メーカーや中小企業のブランド戦略支援にも携わる。
noteの記事はこちら


